2011年06月20日

アレクセイの泉と王子の星

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●2011年6月20日
日曜日、小雨の降る中を東京都北区王子駅前の北トピアに「アレクセイと泉」を観に行った。
落語「王子の狐」で有名なここ王子には飛鳥山公園という桜の名所もあり、
私の好きな場所のひとつ。
駅前の北トピアにはプラネタリウム上映施設があり、今回はこのプラネタリウムのドーム上のスクリーンでの鑑賞だった。

「アレクセイと泉」は本橋成一監督によるドキュメンタリー作品で、音楽は坂本龍一が担当。
(制作の神谷さだ子さんや特別協力の鎌田實先生はジムネットの総会でつい先日お会いしたばかり。ここでその名を見つけるとは思わなかった。)
映画の舞台はチェルノブイリ原発事故14年後のベラルーシ共和国にあるブジシチェ村。
爆発した4号炉から180キロ北東の距離にあるが、当時の政府によって移住勧告が出され600人居た住人のほとんどが去った小さな小さな畑と森と泉だけの村だ。そこには55人の年寄りとアレクセイという青年が一人残った。放射能によって汚染されたこの村は地図からもその名を消された。

青年アレクセイのナレーションで始まるこの映画は、村の営みをそこに流れるゆったりとした時間そのままに私たちの前に再現していく。
新じゃがの収穫期に豊作ならば喜び、泉の洗濯場が壊れれば森へ行って木を伐り出し、村の男たち総出で囲いを直す。一人ひとり使い込んだ斧を持ち、時間を気にせず作業にかかる。丸太で囲われた立派な新しい洗濯場が出来上がればウォッカで乾杯し、煙草を吸い、神に祈る。
だれも急かすことがなく、日が沈んで暗くなれば眠りに就く。
劇場の椅子に深く身を沈めて観ていると、こちらも眠気を催すくらい、ゆっくりと時間は流れ、いつの間にか夕暮れと共にその闇に同化して行くようだった。
明くる晴れの日、泉を祝うパーティーになると赤いスカーフの女たちは踊り、男たちは倒れるまでウォッカを飲む。ガチョウが羽ばたき豚は啼き、時は賑やかに過ぎていく。
ただ、そこには子どもたちの黄色い声はない。

ジャガイモ畑もパーティーの会場でも、丸太を伐りだした森も、セシウム137が6〜150キュリー/km2も検出されている。とても高い数値だ。
ただ、村の命の泉の水からは放射能は検出されない。

美しい村の風景に、村人達の人間らしい素朴な生き様に、そこが汚染され棄てられた村だという感覚にどうしてもなれない自分を見いだしながら、子どもが一人もいない奇妙な寒村を映したこの映画を観終わって、運命に逆らうことなく命を全うしていく人間にとても共感している自分を見つける。
ああ、自分も歳をとったんだなぁと思いながら。

上映が終わった後、スクリーンには1986年4月26日のベラルーシの夜空が投影された。輝く満天の星の中を北極星を探す。
数え切れない星屑を見てふと思う。
ここのところ星空を見上げる余裕がなかったな、汚染された大気や風をうらんでとても心が窮屈になっていたな、と。


正しく恐れなければならない放射性物質だが、人が汚したものなんだ。時に気を張りすぎると疲れてしまう。子どもたちを守る努力は続けなければならないが、心が疲れてしまうと行き場がなくなってしまう。計画停電で夜空が綺麗にみれるようになったら。必ず星空を見上げて2011年のその夜の北極星を探してみよう。
posted by 虹基金事務局 at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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