2011年07月01日

コルネリウスの植民市

親子.jpg

「イタリアのナポリの近くにポンペイという遺跡がある。
紀元前から商業で栄えたこの都市は古代ローマ帝国に侵略された後も繁栄を続けた。
女神ヴィーナスに護られ、快楽都市としても有名なポンペイに突然の終止符が打たれたのは紀元後79年。今から1932年前の夏のことだ。
17年前に襲った大地震の復興がまだ完全に終わらない中、今度は近くにある火山ヴェスヴィオが火を噴いた。その日は一昼夜火山灰が街を覆った。
ローマに避難するポンペイ人もいたが、それでもその街に留まり続ける者も多くいた。
翌日、火砕流が発生し残った住民は逃げる間も無く一瞬にして呑み込まれた。そして1748年に発見されるまで長い間この街は眠り続けた。」


6月30日に各新聞がこんなニュースを流した。「子どもの尿からセシウム 福島の子ども10人全員から検出」
先日行った代々木の平和映画祭で福島の子どもを守る会のメンバーが声を詰まらせながら言っていたのはこのことだった。「6月30日に発表がありますから」と詳細を言わずに予告していたので何のことかわからなかったが、公式に発表されたのは彼らが守ろうとしている子どもたちにとって最悪のニュースだった。
たぶんそこで発言していた人の子どもも含まれていたのだろう、やりきれない苦しみと悔しさで今にも倒れそうだったが、そのとき会場にいる他の人々にはその深刻さがわからなかったと思う。

このニュースは、6月30日に大変な発表があると言っていた彼らが思っていたほど世の中は取り上げなかったと思う。当事者たちにとって客観的な事実として内部被曝を宣告されたのに、内閣府原子力安全委員会の班目春樹委員長は「十分低い値。健康への影響は疫学的に考えられない」との認識を示した。

疫学的に考えられないのでなく、何でも「人ごと」としてしか考えていない人物にとって子どもが内部被曝していることなど無用な心配なのかもしれない。
それでも、自分もかつて子どもだった時分に親や周りの大人たちに守られて成長したことを思い出したら、もう少し違う発言があるはずだ。
少なくとも6歳の何も知らない無垢な子どもに「せしうむってなーに?」と検査の結果を聞かれた親の立場になってみるといい。自分の孫に「大丈夫だよ、何の心配もないから。」と彼は言い切ることができるだろうか。


日本国中の皆が責任のある立場にいる者たちの発言や動向に注目している。ここで誤れば後に多くの国民に大きな禍根を残す。彼らにその覚悟があるのか。

私たちはずっと忘れない。「大丈夫だ!」と断言した学者、政治家、責任者たちの名前を……。


「子孫に金を残しても、後世に犯罪者としての汚名を残すなよ!」

posted by 虹基金事務局 at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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