2011年08月05日

平和記念式典2011

genbakunoko.JPG明日、広島で平和記念式典が行われます。
2011年8月6日8時15分に黙祷をします。
過去の過ちを思いだすための、8月9日の長崎とともに一年でとても大切な日です。
広島、長崎での兵器として使用された核爆弾は人間によって投下され爆発し、その後何年にもわたる放射線障害に苦しむ人々を生み出し、老幼男女の区別無く永きに渡って人体への汚染を続けてきました。

今回の原発メルトスルー大惨事では、そういった過去の大惨事が経験として生かされていませんでした。
私たちは2度の被爆を経験した国の民としてはあまりにも人工放射能に対して乏しい知識しか持ち合わせていません。
海外の人々は驚きとともに人工放射能や被曝といったことに関心の薄いことを奇異なるまなざしで視ていました。

今も放射性物質を漏出し続けている壊れた複数の原子炉を前になすすべなく、また危険に対処するための方策もなく対症療法で原発とその周辺の汚染地帯を収束させようとしている政府と東電の無力さに暗澹たる思いでいます。
私たちはこの5ヶ月もの間、広島や長崎での被爆、チェルノブイリでの被曝経験者の言葉に耳を貸すよりも、専門家で無い政府関係者の発言や大メディアに登場する学者の示す数字やグラフに一喜一憂し、その言葉を闇雲に信じ、違った情報が交錯してくると思考停止に陥り、やがては現実を忘れ逃避してしまっています。
「だって結局よくわからないから」と。
無関心でいても安全な時代がもうとっくに終わってしまったことに気付かなければ、自分の命さえ守ることが難しくなっているのが現状です。
知識や情報は茶の間でテレビを見ていて解るものではなく、自分で図書館や講演会に足を運んで判断するものでしょう。


過去から学ぶこと、経験から導き出される本当の知識を伝えるべく、被爆経験者は我が血を搾るような思いで、忘れたい、逃避したいと常々思っている自分の身に降りかかった大惨事を後世のために語り継いでいます。この声をもっと真摯にきくべきです。
これからの子どもたちの修学旅行はディズニーランドに行くよりは広島、長崎に行くほうがとても大事なことです。

風の日も、雨の日もそして真夏の灼熱の太陽のもとでも
一心に手をひろげ立ち続けている白血病で亡くなった少女は、今日も広島の平和記念公園で語りかけています。
 
posted by 虹基金事務局 at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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