2012年04月21日

五月五日の幟旗

5月5日鯉幟.JPG春爛漫。陽射しも夏を予感させるほどに熱くなってきました。
大きな太陽に照らされて、青い空に悠々と鯉幟が泳いでいます。

東日本大震災から一年以上が過ぎ、昨年は落ち着く暇もなかったこの「こどもの日」。今年はそれぞれが子どもたちの未来に想いを馳せて迎えることになりそうです。

原爆と同じ核を利用した原発が悲惨な大事故を起こし、その収束も遅々として進まないまま、拙速に止まっていた他の原発を再稼動させる動きがあります。
それに対し、日本各地で「安心に、普通に暮らしたい」だけの私たちが街に出て、幟旗をもって生まれて初めてデモというものに参加したりしています。
鯉幟ではなく脱原発のプラカードや幟旗を掲げ、子どもたちを守るために、そして子どもたちの未来を守るためにと立ち上がっているのです。
5月5日は幸いにして、日本中に配置された54基全ての原子力発電所がいったん休止します。
この日を祝い、原発が日本列島からなくなることを願って「原発ゼロの記念日」としようと提案している方がいらっしゃいます。
インターネット上のツイッターでつぶやかれた、音楽評論で作詞家の湯川れい子さんの提案をここに紹介します。

「五月五日、こどもの日を祝って、この日を原発ゼロの記念日としましょう。世界中で何処も、まだ核廃棄物と、核兵器の脅威から解き放たれている国はありません。日本もまだ目が眩むほど行き先は困難だけど、せめて理想の灯を高く掲げて生きましょう!日本人ならきっと出来る。そう信じていたいから。」(ツイッターアカウント@yukawareikoより引用)


また、この日には「サダコ」・虹基金創設者・大倉記代さんの著書を置いてくださっている原爆の図丸木美術館で太陽光発電設置に向けた新たな取り組みを公式発表するそうです。過去原発による発電分の電気料の支払いを拒否し、東電に電気を止められたこともある丸木美術館は原爆と原発は同じであることを一貫して主張しています。核兵器、核発電を地球から一掃することが出来るまで、私たちは生きていることが出来ないくらい気の長いことですが、小さな一歩でも踏み出す勇気を見習いたいものです。

また、当日は開館45周年記念のため、田中優さんの講演と、 「サダコ」・虹基金が傘下団体としていつもお世話になっているジムネットのスタッフにしてピアニストの大嶋愛さんの核廃絶の祈りを込めたピアノ弾き語りコンサートも開催される予定です。
お時間のある方は是非お出かけください!!
詳細は丸木美術館ホームページをご覧ください。http://www.aya.or.jp/~marukimsn/index.htm
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2011年12月31日

2011年が過ぎて行く

2011年も残すところ数時間。

幼少の頃は新年が来ることや、過ぎ去る大晦日の最後の瞬間をワクワクしながら大事にしていて、
それはそれで暦に忠実だったものだ。

人が生きていくうえで、今日が大晦日だろうが明日が新年だろうが、特別無くても不自由しないと思う人もいるだろう。
新年を静かに過ごすほどの余裕はなく、三が日も仕事に出かける人は多い。
お寺の隣に住んでいる人が、明日は仕事が早いから寝れないと、除夜の鐘に文句を言ったりする昨今、
その人が悪いというよりは、世間の常識は今や一様でなく、美醜も善悪も命の軽重さえも人それぞれに許された価値観の自由ということか。

それにしても2011年は様々なことが起こった。
楽しく幸せなことより、不幸で酷いことのほうが人々の記憶には残る。
年末によく今年の10大ニュースを取り上げるが、今年のニュースは現在も進行していて解決のついていない重く苦しいニュースが多かった。
海外では国家制度や支配体制が崩壊し独裁者が殺されたり死んだりした。また内戦や他国による軍事介入で人心も国土も荒廃していった。
凶悪事件はどの国でも似たような事件が起こり、国境も国柄も超えた共通の醜悪な犯罪が見られた。
貧困や疫病があまねく国々を覆い、自然災害は立て続けに各地で起こりその規模も大きく頻繁になっていった。

また、終末思想ではないけれど、もうダメかも知れないなぁ、なんて思わせたのが今回日本で起こった原発事故で露呈した企業や政治家、官僚、学者、マスコミによる隠ぺいや不誠実な態度を目の当たりにしたことによる失望感だ。
ガンバロウ!もみんなの絆!もズタズタにするくらい怠慢で傲慢な態度をとる彼らに義憤をおぼえ「天誅」という言葉が頭をよぎった人も多いと思う。
大変な時はみんなで助け合わなければならないのに、今まで信頼していたそれらのいわゆるプロであり専門家であるはずの人たちはてんであてにならず、余っているわけでもない財布と時間から、寄付をしボランティアをして心と懐を痛め続けた私たち庶民が結局いろいろ心配をし、後始末をさせられる羽目になった。

国民が健全に生き、国土が美しく保たれていてこその国家であるはずなのに、国民を見殺しに国土を汚染し続けながら、見えない「日本国」というもののために金をつぎ込み続ける政治家と官僚とそれに群がるダニのような人たちのために税金は上がり社会保障は削られる。
もう、泣きっ面に蜂ならぬ蝮くらいのダメージを受けている。

夏頃までは原発事故による放射性物質漏出の危険を憂えて、自分なりにブログを更新したが、ここ数か月はもう失望して更新する気力を失ってしまっていた。

そんな、状況だったがここは一つ気を取り直して、昔のように新年を前に「来年こそは」と希望を持って望んで行こう!!
自衛隊や警察、消防の決死の献身には職業意識を超えた純粋さがあったんだ。その姿がどれだけ私たちに力をくれたか思い出したよ。
カラ元気でも無いよりましだ。
「日本」を自分たちの手に取り戻すためにガンバロウ日本の私たち!

それでは皆様、来年もよろしくお願いします。

hinomaru.jpg








(日の丸はもう戦争のためのアイテムではない。私たちの国に新しい太陽が輝くために掲げます。)









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2011年11月02日

被爆者の声をうけつぐ映画祭2011

来る11月5日(土)、6日(日)に明大リバティータワー1階1011教室にて「被爆者の声をうけつぐ映画祭2011」が開催されます。
東京新聞記事.JPG

●プログラムの詳細は、以下でご覧になれます。

「被爆者の声をうけつぐ映画祭2011」お知らせ

http://hikakueiga.exblog.jp/16442718/

2011年映画祭プログラム(1日目)11月5日(土)

http://hikakueiga.exblog.jp/16442548/

2011年映画祭プログラム(2日目)11月6日(日)

http://hikakueiga.exblog.jp/16442591/
         
 また「被爆者の声をうけつぐ映画祭2011」では、東日本大震災で被災された方々をご招待することになりました。 
ご希望の方は、メール又はファクスで、「映画祭 招待希望」と書いて、お申し込みください。
50名になり次第、締め切りとさせていただきます。
メッセージもお送り下さい。(137字まで)
●応募のしかた。
お名前
参加希望プログラム
ご希望枚数 
ご出身地
明記して申し込み下さい。
●お申し込み先
email: martyin0821@gmail.com  
Fax:  03-3205-8958 (ウィング・コア)
 当選者の皆様にはメール又はファクスで、折り返し事務局よりご連絡いたします。
当日会場の受付カウンターにてお名前をお伝えいただき、プログラムを受け取ってご入場ください。

*写真は東京新聞記事より
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2011年08月15日

祈る日々

speranza.jpg ●8月15日●
暦の上での挨拶は、もう残暑見舞いです。
気温はまだまだ暑いので皆様も熱中症にご注意ください。

去る8月6日、9日にそれぞれ広島、長崎で平和記念式典が執り行われました。
今年は特に原発事故の影響を受け、それぞれの市長が原子力の平和利用について言及しました。印象としては双方の市長に考え方の相違があったように思います。

同じ核反応の原理をつかった原爆と原発のシステム。
原子力爆弾と原子力発電は目的こそ違うけれど、自然界に存在しない、人体に猛毒な人工放射能を産み出す点では同じです。
平和式典の場で原発の今後に触れたのは当然のことと思います。

長崎の式典から6日後、8月15日の終戦記念日である今日まで放射能による不安が今も人々の心を曇らせ続けています。
福島をはじめ近隣諸県では実際に健康被害もでています。
セシウムが母乳や尿から検出されたことは、自然界に存在しない人工放射能を摂取させられたという点で、東電による業務上過失傷害事件では無いのかと考えます。また、避難地域に指定され立ち入りを禁止され保護を放棄された動物たちに対しては器物損壊罪(動物傷害罪)が成立するのではないでしょうか。

東京電力は敷地内の原子炉を収束するだけでなく、所有物である飛散した危険な放射性物質を一刻も早く回収していかなければならないと思います。タンカーから漏れた重油をそのままにはしておけないのと同じように、責任を持って所有者が回収しなければならないと思います。東京電力がやることはたくさんあります。

今後、この事故を検証し、国益、国民の生命と財産を損なった戦犯として名を残さないよう関係各位には責任を持ってことにあたってほしいと思います。

再び平和に暮らせるように……

敵国が無いのに戦時中のような過酷な生活を強いられている現況が一日も早く改善されるよう、終戦記念日の今日、私たちの平和な日々が戻るよう祈ります。

 

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2011年08月05日

平和記念式典2011

genbakunoko.JPG明日、広島で平和記念式典が行われます。
2011年8月6日8時15分に黙祷をします。
過去の過ちを思いだすための、8月9日の長崎とともに一年でとても大切な日です。
広島、長崎での兵器として使用された核爆弾は人間によって投下され爆発し、その後何年にもわたる放射線障害に苦しむ人々を生み出し、老幼男女の区別無く永きに渡って人体への汚染を続けてきました。

今回の原発メルトスルー大惨事では、そういった過去の大惨事が経験として生かされていませんでした。
私たちは2度の被爆を経験した国の民としてはあまりにも人工放射能に対して乏しい知識しか持ち合わせていません。
海外の人々は驚きとともに人工放射能や被曝といったことに関心の薄いことを奇異なるまなざしで視ていました。

今も放射性物質を漏出し続けている壊れた複数の原子炉を前になすすべなく、また危険に対処するための方策もなく対症療法で原発とその周辺の汚染地帯を収束させようとしている政府と東電の無力さに暗澹たる思いでいます。
私たちはこの5ヶ月もの間、広島や長崎での被爆、チェルノブイリでの被曝経験者の言葉に耳を貸すよりも、専門家で無い政府関係者の発言や大メディアに登場する学者の示す数字やグラフに一喜一憂し、その言葉を闇雲に信じ、違った情報が交錯してくると思考停止に陥り、やがては現実を忘れ逃避してしまっています。
「だって結局よくわからないから」と。
無関心でいても安全な時代がもうとっくに終わってしまったことに気付かなければ、自分の命さえ守ることが難しくなっているのが現状です。
知識や情報は茶の間でテレビを見ていて解るものではなく、自分で図書館や講演会に足を運んで判断するものでしょう。


過去から学ぶこと、経験から導き出される本当の知識を伝えるべく、被爆経験者は我が血を搾るような思いで、忘れたい、逃避したいと常々思っている自分の身に降りかかった大惨事を後世のために語り継いでいます。この声をもっと真摯にきくべきです。
これからの子どもたちの修学旅行はディズニーランドに行くよりは広島、長崎に行くほうがとても大事なことです。

風の日も、雨の日もそして真夏の灼熱の太陽のもとでも
一心に手をひろげ立ち続けている白血病で亡くなった少女は、今日も広島の平和記念公園で語りかけています。
 
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2011年07月20日

窓越しの玄界灘は碧かった。

玄海町.JPG
九州佐賀県の玄界灘に臨む、九州電力玄海原発に行ってきました。
ちょうど俳優の山本太郎さんが佐賀県庁に用があった日の翌日です。
車を飛ばして暑い暑い陽射しの中をはるばるとやってきました。
わざわざ来ては見たものの、町は寂れていて原子力で潤っているという印象の無い田舎町。
玄海町境には「こころゆめみるアトムの町」なんて看板が立っていましたが、鉄腕アトムの象徴する近未来はどこにも無く、退屈な、それでもほっとする我が故郷といった感じの、田も畑もある小さな町でした。
一本の県道を走れば左に町役場と立派な施設が建っています。かたやその向かいには崩れ落ちそうな日本家屋が町のメインストリートに何かを問いかけるように佇んでおり、この町の人たちは左車線と右車線に混在する不自然な風景に一切の違和感を感じないのだろうか……と心配になりました。
町の中心部で休憩することも無く、私は人気の無い暑い昼下がりを無機質な町役場前を通り過ぎ玄海エネルギーパークへと向かいました。

週刊誌、インターネット、テレビがかしましい話題ふりまく玄海原発3号機ですが、直接この手に触ることもできないので、九電玄海原発付帯施設である玄海エネルギーパークを見学することにしました。

駐車場には車が数台、どれも佐賀ナンバー。ただ施設の中に入っても車の台数ほどの来場者はいないので、関係者の車かと思われます。
見かけるのは作業着を着た関係者、施工会社か配管業者か。
浅黄色の作業着で手持ち無沙汰に施設内を歩く彼らは打ち合わせの時間をつぶしているようでした。

ちょうどガイドツアーが始まる時間だったので参加しましたが、私以外に参加者はいませんでした。
時間が平日の昼過ぎなのでもちろん当たり前のことでしょうが、あれだけテレビやマスコミを賑わした玄海原発という有名人に会ったつもりが、ここにあるのは何も変わらない退屈な日常の風景でいささか拍子抜けしたのも事実です。
通り一遍の説明を唐津出身のコンパニオンのお姉さんに聞くあいだ、要所要所で聞き耳を立てて従いてくる九電の職員さんは、子供ももう高校卒業だろうと思われる働き盛りの中年男でした。そんな彼がいそいそとしてこちらを気にするのを、なかばあきれるより笑ってみていました。つかず離れず、モニターの画面をふいたり、見慣れた窓外の風景をみてみたり、なんだかこれが一日の仕事だとしたら、会社として社員に対してとても失礼だと思うような脱力感を彼のために感じました。
そんな忍者を背中に従えて原発のリアクターが見渡せる3階まで行き説明を聞きました。
福島の事故以降、説明も多少変わったみたいですが、玄海原発は福島と違って加圧水型だから大丈夫だ、ということでした。
原発越しに見える海は広く大きくきれいだけど、日本に住む人はたいていこれと同じようにきれいな風景を目にすることができます。
ここだけが美しいわけではないし、ここだけが危険でもないということを改めて感じることができました。
日本を取り巻くどこにでもある美と凶。(それが当たり前のように54基もうまく日本を取り囲むように建てられていることにぞっとさせられる。)
そんな、典型的な日本の美しく、なんだか懐かしい海の景色を原子炉建屋越しに見ながら空調のほどよくきいた施設を後にして、勢い込んで来てみた割には、なんだか脱力するほどの肩透かしをくったものです。
現実は淡々として事故が起こるその日まで現状を維持していくのだなぁと感じました。
それはまるで未来への想像力の無い過去の旅をしたような、九州佐賀の玄海町訪問でした。
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2011年07月07日

西もひがしも

ちいさな旅
佐賀玄海町の岸本英雄町長は
九電玄海原発再稼動の了承撤回を表明した。
今後の動向が注目される。

近いうちに玄界灘を見に行こう。
実際にその場所に立ってみるとわかる事も多い。

海は広く大きくきれいだろうなぁ。
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2011年07月01日

コルネリウスの植民市

親子.jpg

「イタリアのナポリの近くにポンペイという遺跡がある。
紀元前から商業で栄えたこの都市は古代ローマ帝国に侵略された後も繁栄を続けた。
女神ヴィーナスに護られ、快楽都市としても有名なポンペイに突然の終止符が打たれたのは紀元後79年。今から1932年前の夏のことだ。
17年前に襲った大地震の復興がまだ完全に終わらない中、今度は近くにある火山ヴェスヴィオが火を噴いた。その日は一昼夜火山灰が街を覆った。
ローマに避難するポンペイ人もいたが、それでもその街に留まり続ける者も多くいた。
翌日、火砕流が発生し残った住民は逃げる間も無く一瞬にして呑み込まれた。そして1748年に発見されるまで長い間この街は眠り続けた。」


6月30日に各新聞がこんなニュースを流した。「子どもの尿からセシウム 福島の子ども10人全員から検出」
先日行った代々木の平和映画祭で福島の子どもを守る会のメンバーが声を詰まらせながら言っていたのはこのことだった。「6月30日に発表がありますから」と詳細を言わずに予告していたので何のことかわからなかったが、公式に発表されたのは彼らが守ろうとしている子どもたちにとって最悪のニュースだった。
たぶんそこで発言していた人の子どもも含まれていたのだろう、やりきれない苦しみと悔しさで今にも倒れそうだったが、そのとき会場にいる他の人々にはその深刻さがわからなかったと思う。

このニュースは、6月30日に大変な発表があると言っていた彼らが思っていたほど世の中は取り上げなかったと思う。当事者たちにとって客観的な事実として内部被曝を宣告されたのに、内閣府原子力安全委員会の班目春樹委員長は「十分低い値。健康への影響は疫学的に考えられない」との認識を示した。

疫学的に考えられないのでなく、何でも「人ごと」としてしか考えていない人物にとって子どもが内部被曝していることなど無用な心配なのかもしれない。
それでも、自分もかつて子どもだった時分に親や周りの大人たちに守られて成長したことを思い出したら、もう少し違う発言があるはずだ。
少なくとも6歳の何も知らない無垢な子どもに「せしうむってなーに?」と検査の結果を聞かれた親の立場になってみるといい。自分の孫に「大丈夫だよ、何の心配もないから。」と彼は言い切ることができるだろうか。


日本国中の皆が責任のある立場にいる者たちの発言や動向に注目している。ここで誤れば後に多くの国民に大きな禍根を残す。彼らにその覚悟があるのか。

私たちはずっと忘れない。「大丈夫だ!」と断言した学者、政治家、責任者たちの名前を……。


「子孫に金を残しても、後世に犯罪者としての汚名を残すなよ!」

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2011年06月28日

ダーティ・ボム

20110626peacefilm.JPG
●2011年06月28日●
 「ダーティ・ボム=核汚染を引き起こす爆弾」

  ……東電は3・11大震災において期せずして4つのダーティ・ボムを破裂させたのと同じ状況をつくりだした、そしてその爆弾は今も回収されず放射性物質を放出し続けている……。


一昨日は朝から晩まで代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターにいました。
前回紹介した「第8回東京平和映画祭」を観に行くためです。

今回の内容は東電福島第一原発大事故を踏まえ、ほぼ原発関連のドキュメンタリーと講演でした。
チェルノブイリ事故のこと、ビキニ環礁核実験での日本漁船被曝のこと、日本の原発導入の経緯、原発労働者の被曝のこと……今知りたいこと、原発54基に囲まれた日本列島に住まうものとして本来知っておかなければいけなかった情報、そしてすぐそこの事実として認識していなくてはならないことなどを改めて考えさせられるイベントでした。

冒頭、開会の挨拶の後に福島から来た「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の人が紹介され壇上に上がりました。
言葉がすぐにはでてこなくて、一呼吸おいてから絞りだすように「今、福島の子どもたちは大変な状況です。」と一言絶句……。もう、細かく説明せずともその沈黙が数多くを語っていました。
(この団体は子どもを持つ親が福島県に限らずたくさんの県からの親御さんたちが参加されてるそうです。ただ一つ「放射能から子どもたちを守りたい」との想いだけでつながっています。 http://kofdomofukushima.at.webry.info/ )

そんな深刻な告白から始まったイベントはほぼ満席で、温度設定28度の空調と熱気で汗ばむ会場でしたが10時間近くの長丁場のなか6本のフィルムと5つの講演を時が経つのも忘れるくらいみんな懸命になって観て聴いていました。

イベント終了後に改めて今回の事故を考えてみました。それは福島一県に納まるような規模の話ではなく、チェルノブイリがそうであったように県境、国境を越えて風向き一つで汚染区域が決まるという理不尽だけど抵抗しようが無い大事故です。100日を過ぎても過去形にならず、現在進行し続け、収束の気配を感じる事が一向に出来ない脅威。
それを前にしてまず過去の事例から、そして最新の研究から未来に希望が持てるように情報を集めるのは大切な事だと思いました。情報の取捨選択は個人に任せられているけれど、「危ない!」と「大丈夫!」の押し付けはこの場合一番危険です。自分で考えて最良の選択をするしかないということを痛感しました。
「知り、考え、そして行動しなければならないと」

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2011年06月25日

第8回東京平和映画祭は原発特集

●2011年6月25日●
明日26日は代々木オリンピックセンターで一日映画を観てきます。
毎年恒例の『被爆者の声を受け継ぐ映画祭』で同じ実行委員メンバーのT氏から紹介してもらったこの映画祭は、なかなか見ごたえのある構成です。
『被爆者の〜』の試写会で見たものも多いのですが、合間に藤田祐幸氏・飯田哲也氏・上杉隆氏の講演が予定され非常に興味深いです。
詳細はホームページで。 http://www.peacefilm.net/home.html
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